よみもの
これまでにあちこちに書いてきた仕事を掲載していく。新聞や雑誌に書いたものもあるが、フリーランスで書いたものはぼくが著作権者なのだが、雇われ人として書いたものは雇い主が著作権者になるらしく、そのような仕事はここには掲載しない。
仕事のなかには自分の考えを書いたものもあるし、また掲載出版物の性格を前提にして書いたものもあり、後者の場合には書かれていることがぼくの考えと一致しているとは限らないが、その場合には相手の言葉をそのまま書くということで切り抜けている。

1977年から78年にかけて、「るっく」に連載した書評的エッセー
「るっく」は函館の地方誌 (当時)。発行人及び発行所 小崎隆、函館市五稜郭町32-1 喫茶店「チボリ」内 (当時)。

「Goggle」1986年9月号掲載。「バイクとキウィたち」に先駆けてバイク雑誌「Goggle」に掲載された。

1985年秋、ふだんぐうたらな「裏道走り」の著者が2年ほど有り金ばかりか無い金までかき集め、ニュージーランドに渡り、中古のホンダXL250Rを買って北島の北端近くから南島の南端近くまでもっぱら裏道を走り回った。そこで出会ったのは昔からの知己のような人達だった。

1993年から94年にかけて、某航空会社の日本語機内誌に連載したインタビュー記事。旅行者にとって身近でありながら目につかない人達を取り上げていくつもりだったが、あっけなく終わってしまった。

シドニーの日系紙「日豪プレス」の別冊雑誌「ビジネス・レビュー」に1996年から1998年にかけて「日豪メディアウォッチ」の表題で連載した評論。連載当時、編集部には、「表題に”お笑い”と付けてください」とお願いしていたのだが、最後まで承諾してもらえなかった。ここに転載して初めて「お笑い日豪メディアウォッチ」の表題をつけることができた。「バイクとキウィたち」のニュージーランドに比べて、「12年と12日」のオーストラリアが批判的に描かれていることが気になる人はこの「お笑いメディアウォッチ」を読まれたい。

オーストラリアで12年暮らした亭主が、2000年シドニー・オリンピック中に家族を連れ、日本脱出以来初めて里帰りした。
果たしてカルチャー・ショックはあったか!? なぜ亭主は女房と旅行したがらないか、今その謎が解き明かされる。