オカリト
Okarito
善きオカリト人の店
芝草から立ち昇る朝露が風に吹かれ、風景を揺らし、分水嶺を駆け昇った。頂きで沸き上がる雲となった。
潟(ラグーン)とタスマン海、背後の沼沢地に映る昏い樹林、それらに挟まれた小さな町、オカリト。
波が、オカリト・ラグーン野生生物保護区管理事務所の木の柱を洗っていて、その半ばの高さまでが湿り気を帯びていた。扉の表札は、木目の浮き出したへぎ板よりもはるかに新しい。
北の水面すれすれに、3羽の鵜がその長い頸を真っすぐに伸ばし、架空の線を引きながらタスマン海へ翔けていった。
潟に面した浜砂利のボートランプにとめたエンジンがチリチリと音をたてて冷めていった。
フランツ・ジョセフ・グレーシャ(氷河)のユースホステルを朝早くに発ち、国道6号線を北へ14キロ、森の中の三叉路からさらに狭い山道を3キロ、ザ・フォークの寂しいモーテルで旧6号線、別名オールド・オカリト・ロードとの分かれ道の白い橋から10キロの砂利道を走って再びここにやってきた。
この町がぼくの旅の始まりであり、終わりであった。その間には2万2000キロの距離と4か月の時間が横たわっている。
多くの出会いと別れがあり、旅の唯一の仲間はバイクのメーターの間に巣くった1匹の蜘蛛だった。何度払っても朝になれば蜘蛛の巣は元通りに張ってあった。ぼくはその蜘蛛の好きなようにさせることに決め、マオリの神話に出てくる水棲の怪物にちなんでタニファと名づけた。タニファとは2か月ばかり共に旅した。
ある朝、自分の糸にからんで干涸らびているタニファを見つけた。そのとき、ぼくはそれまで一度もタニファを生きて見たことがなかったことに気がついた。
管理事務所は、もともと無住なのか、あるいは広大な潟のパトロールにまわっているのか、人の気配がなかった。オカリト・ラグーンは大きく優雅な白鷺のほとんど唯一の営巣地である。マオリは白鷺をコトゥクと呼び、聖なる鳥として崇めてきた。ニュージーランド政府は、林野庁と土地測量局の共同で一帯の管理にあたらせている。
渚をバイクに向かって引き返した。
突然足元の草叢が揺れて、2匹の犬が飛び出してきた。
同じ大きさの、同じ形をした黒犬と白犬だった。お互いに汚れきって同じくらい灰色の犬達。彼らは吠えながら尾を激しく振った。大きく開いた口に抜け残った何本かの黄色い歯がのぞいていた。飼い犬なのか、野良犬なのか、首輪さえつけていない。
バイクに跨っても彼らは離れようとしなかった。
手をのばして、頬を撫でれば、汚れた毛をこすりつけながら、なおも吠えた。その声は悲しみに近かった。
「ハロー、マイツ(やあ、ご同僚)」そう呼びかけてみた。
彼らは首を激しく震わせてぼくの手によだれを擦りつけた。
憂鬱な朝の始まりだった。
林野庁(ニュージーランド・フォレスト・サービス)のパンフレットによれば、1865年、ゴールドラッシュの最盛期には1500人の人口を数え、一つの税関、25のホテル、2軒の銀行、数軒の雑貨屋が並び、海岸の砂金目当てに押しかけた人達を相手に商いをしていた。オカリトの6キロ南にあるファイブマイルでは、人々は鉱区ごとに糸と鉛錘で仕切り、一粒の金も隣人に渡すまいとした。ある4人組は3か月で50キロの純金を見つけたと報告されている。
1869年にはオカリトの人口は66人、ファイブマイルで230人に落ちた。現在、オカリトの人口は24人、ファイブマイルには誰もいない。
町の大通りをゆっくりと走った。
ドノバンの店は今日も閉まっている。
その店はこの町で唯一のデイリー・ストア(よろず屋)であり、同時にこの町の歴史博物館である。食料、日用品、クリスマスカードを含めて何でも商い、同じ店内に、120年前のゴールドラッシュの遺物を陳列している。商品は陳列物と区別がつかないくらい古く、埃をかぶっている。この国の古い建物に時折あるように妻を通りに向けたクリーム色の板壁には剥がれたペンキが枯れ葉のようにかすかな風に揺れ、窓ガラスの埃に最近降ったばかりの雨が筋を引いていた。
錆びついた波鉄板の塀のこちら側で馬が白い息を吐いていた。隣家の煙突からはうっすらと煙が流れ出している。それは人の暮らしの気配だった。
たとえ煙突の煙が見えなくともオカリトを有名にしている人物がいる。
ケリ・ヒュームというマオリ系の作家である。クライストチャーチに生まれ、南島北部のモツエカに移り、ついにここに住み着いた。郵便配達で暮らしを立てていると聞いた。
写真のケリ・ヒュームはゴム長靴(ガムブーツ)を履き、鍔広の帽子をかぶって、海藻採りの女のように立っていた。その分厚い小説はとても難しい文体で書かれていた。つまり、ぼくは3ページ目から先を読んでいない。
このオカリトのユースホステルで四か月前に、オークランド大学で日本語を学ぶカレン・オシェイという女に会った。彼女は昼日中、薄いTシャツとパンティだけを着けて寝袋から身を乗り出してペーパーバックを読んでいた。本を床に投げ出すと、
「ケリ・ヒュームの小説はもったいぶっているから嫌い。「ザ・ボーン・ピープル」だって、こんなに難しい小説を私は読みました、って自慢したいインテリが有り難がって読むのよ」と、言ったとき、反論も賛同もする根拠がなかった。
「写真で見るとケリ・ヒュームはマオリみたいだけどどうなんだろう?」と話をそらした。
「あの人はマオリなんかじゃない。少なくともマオリの伝統文化は捨てたわ。今はマオリが流行していて、進歩派気取りの白人(パケハ)は自分達の良心を満足させるためにマオリと名がつけば何でも認めるのよ。でもあの人達が言いたいのはただひとつ。私達はマオリを差別しません。この通り、マオリがパケハと同じくらい優れた文学を書けることを認めているんですから、ということよ」彼女の漆黒の眼がぎらりと光った。
「ぼくは彼女の作品を読んでいない。読んでいないぼくに対してその意見はフェアじゃない」ぼくはそう抗弁したが、彼女の言葉の激しさがぼくには面白かった。
ニュージーランドの島をヨーロッパ人に知らせたアーベル・タスマンの褐色の記念碑、タスマン・オベリスクが、かつては広場だった草原に立つ。
大通りを外れ、海に向かう小道に入り、ジーパンの膝まで草露に濡れて歩いた。何度かこんな風にしてブーツにこびりついた牛や羊の糞を洗い落とした。すっかりきれいになる。
再び黄色く咲きはじめた甘ったるい匂いのハリエニシダの垣沿い、土地測量局(ランズ・アンド・サーベイ)運営のキャンプ場に人の影が揺れた。
オリーヴ色に塗られたゲートを過ぎ、声をかけた。
「おはよう」
人々がテーブルから日焼けした顔をあげ、振り返った。朝食を囲んだなごやかな雰囲気に衝撃を受けた。
ひとり旅が遠ざけていたものがそこにはある。
ピクニックテーブルに腰を下ろし、すすめられるままに熱いコーヒーを啜る。
職業を感じさせない風体の男一人、女二人の一行だった。傍らに古いインク色の乗用車が停まり、男の背後でテントが日に照らされていた。
「ユースホステルに泊まったの?」しゃべると、女の顔のしわが白い筋になって日焼けし残していた。
「いや、ここのユースホステルじゃない」ぼくが言った。
「ハハン、じゃ、今日はどこから?」鼻にかかった「ハハン」はアメリカ人のものだった。
「フランツ・ジョセフ・グレーシャのユースホステルだった」
「あちらの天気はどうだった?」たくし上げたフラノのシャツの袖から赤く焼けた腕がのぞいていた。
「曇っていた」
「こちらはいい天気だったよ。月明かりで雪の峰が輝いて素晴らしかったな」男が言った。女と似たような牧場労働者風のシャツを着、彼も袖をたくし上げていた。
生乾きのテントからゆっくりと露が引き揚げていく。黒パンの包みの上でコーヒーの湯気がちりちりときらめく。このような一瞬のために人は遠く旅することもある。
「去年の11月にこのユースホステルに泊まってね、ひどく気に入ってしまった。それで日本に帰る前にもう一度見ておきたかったんだ」
「ハハン、それはいい話ね。私達にもそんな土地が見つかればいいけど」フラノの女が言った。少し若く見える女はおとなしく話に耳を傾け、時折柔らかく微笑むばかりであった。
「カリフォルニアから来たんだよ。家内と家内の妹の3人で」男は一人ずつ腕を差しのばして紹介した。
「3か月ほどまわるつもりで車はこちらで買った。レンタカーより安くつくからね。ところでハレー彗星は見たかい? ウーン、思ったほどじゃなかったな」
男がゲートに眼を送った。
「昨夜のホステラーは彼女一人だったようだな」
彼の視線を追った。ニュージーランド人達はセーターをジャージーと言い、ショートパンツをショーツと言う。そのジャージーに黒ショーツの大柄な女が、裸のくるぶしを濡らしてキャンプ場の洗面小屋に消えた。妹の方が彼女を追っていった。
無料のこのキャンプ場では、オリーヴ色の洗面小屋の入り口に寄付金箱がかけてある。
「寄付一ドルに対して、国から二ドルの補助金が払われます――土地測量局」
これと同じ寄付金箱をマウントクックの公園事務所で見たことがある。
「私達もここで3日目だが、本当にいいところだ」
「そう、ここのユースホステルもいい。宿泊費が2ドル、これはニュージーランドのユースホステルでは最低、ノー・デュティ、男女同室、シャワールームなし、キッチンは暖炉で穴便所は外、水は天水、薪は海岸で拾い放題、宿泊制限なし、身体を洗いたければ潟で好きなだけ泳げる。流砂(クィック・サンド)には気をつけなきゃならないけど。ドノバンの店は週に3日、2時間ずつ開いている。朝は羊の鳴き声が目覚まし時計。バーバーと町のメインストリートをやってくる」ユースホステルではデュティといって、朝になにかひとつ掃除の義務が与えられる。窓拭きだったり、床掃きだったり、鍋磨きだったりする。
「あの建物は古いのか?」
「まだこの町に1000人以上の人が住んでいた頃は、学校だったそうだ。今は、この町の子供達は20キロほど北のファタロアに行くしかないんじゃないか」
「この町にも子供達はいるのかい?」男が疑わしそうに言った。
「ユースホステル管理人のボブ・ミネハンには子供がいる」
「これからどちらへ?」年上の女が言った。
「この西海岸を北へ上がって、グレイマスからアーサーズ峠を越えてクライストチャーチへ。せめてグレイマスあたりまでは行きたいな。低気圧が近づいているからもうじき雨になると思う。あなた達はこれからどちらへ?」
「今日はフランツ・ジョセフ氷河を見て、ガレスピー・ポイントに行こうと思うんだが。それからハースト峠を越えるだろうな。他にいい所があるかい?」
「フォックス氷河も悪くないんじゃないか? フランツ・ジョセフより駐車場に近くて楽だし、それから時間があればハースト・ブリッジから海岸沿いに走って、ジャクソン湾も行ってみるといい。なにかあるわけじゃないけど」
「雨は多いのかい?」男が言った。
「オカリトは西海岸でいちばん晴れの多い土地だそうだ。それにハースト峠を越えてレイク・カントリーに入れば天気はずっと良くなる。そろそろ出かけなきゃ。コーヒーをどうもありがとう。会えてよかった。いい旅を」
「どういたしまして。いい旅を」彼女の妹はやはり穏やかに微笑んだだけだった。
キャンプ場のゲートを抜けてハリエニシダの繁みの切れ目を過ぎると、浜石の海岸に出る。繁みに沿って打ち上げられた枯れ枝は晒されて、骨のように白い。打ち合わせるとカラカラ乾いた音がする。その中で風化を拒むように大きなシダが褐色の鱗に似た幹を湿らせている。どれにも斧の痕が痛々しい。
河口は昆布色の海水が背丈ほどの落差で潟に流れ込んでいた。縁に立つと、足元の浜石が轟音の中に少しずつ呑まれていくのを感じる。何時間かすれば、管理事務所の脚もほとんど水に沈んでしまうのだろう。
ひとまわりするのにどれほどもかからなかった。ぼくは再び、オベリスクの前に戻ってきた。大通りを挟んで、昔の校舎だったユースホステルがある。
ユースホステルの扉を押し開けた。暖炉の燃料の流木が積み上げられている。窓際のベッドに先ほどの女が荷物をまとめていた。
「へえー、えらくきれいに片づいたものだ」
「そう、あたしが掃除したのよ。一昨日の夜は8人いたわ。アメリカ人、ドイツ人、オーストラリア人。誰も掃除していかなかった」荷作りの手を休めずに彼女は言った。
「すまない。僕も自分の分しか掃除しなかった」
「ここに泊まったの?」少し彼女の興味を引いたようであった。よく見ると彼女は珍しく学生っぽい眼鏡をかけ、大柄な体格に似合ったおっとりとした表情をしていた。
「そう、4か月前に。その夜は四人だった。そのうち二人と友達になった。しかもその一人はニュージーランド人だった。知っているだろうけど、季節はずれにニュージーランドのユースホステルでニュージーランド人と会うのはめったにないことだ」
「大きいユースホステルで友達を見つけるのは難しいけれど、こんな小さなところじゃ簡単ね。わたしはオークランドで医者をしているの。たまに休みを取って、旅行するのが楽しみよ」
「人のいないところへ?」
「そう。仕事でいつも人と会っているから、休みのときぐらい人と会わないで過ごしたいの。ところで、このユースホステルを改造するって話聞いた?」
「ああ、ウェストランド郡議会がユースホステル協会に勧告しているそうだな。宿泊施設にはキッチンとシャワールームと屋内の水洗便所を設けなきゃいけないって。もちろん、法律じゃあそうなっているんだろうけど」
「あたしはボブさんから聞いたのよ。改造するためには2000ドルかかるって。協会はお金を出したがらない。それどころか今でも儲からないホステルを閉めたがっているんだし」
彼女は部屋に張り渡した針金からまだ濡れているらしい水着を取った。
「出せば、ここもこぎれいな、どこにでもあるごく普通のユースホステルになって、人も少しは多く来るようにはなるだろう」
「そうなれば、あたしはもう二度と来ないわ。クリスマス休みにはまたここへ来るつもりなんだけど、それまでに変わってないことを祈るだけね」皮肉な表情が走った。
「この国を旅するホステラーには二通りある。オカリト・ユースホステルを好きか嫌いかだ。ぼくは好きだ」
「あたしもそうね」皮肉な表情が消えた。「これからどちらへ?」
「北へ。あったかい方へ。多分グレイマス。昨夜はフランツ・ジョセフ・グレーシャだった。オカリトで泊まるつもりだったけど風邪気味で、ここじゃよくならないことが分かっていたからね」ぼくが言った。
「今夜、あたしはそこに行くの。あの人達にガレスピー・ポイントに誘われているからそこでひと泳ぎして、今夜はフランツ・ジョセフね」
「シーユー、バイ、いい旅を」
「シーユー。あなたも」
再び、ドノバンの店先を過ぎ、管理事務所の前を潟に沿って戻った。
この土地で金が発見されたとき、大勢の人が押し寄せ、自然が与えるすべての富を運び去った。富は首都の金庫に収められた。奪われたのはこの土地の富ばかりではない。押し寄せた人々の大部分は、やってきたときと同じように無一文で去っていった。
通りには相変わらず誰もいなかった。旅行者の他には誰にも会わなかった。
旅行者と馬と年老いた犬の他には。
Next