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12年と12日 その2 エリアンの星

前回、エリアンという言葉について書いたけれど、もともとはラテン語で「外の者」の意味だったそうだ。CD辞書で検索してみたら、「外国の国籍や市民権を有する人を指す公用語。外国の国家に忠誠を誓っていることを強調」なんだそうだ。それに「Alien Land Acts (日本移民阻止のための California 州の)外国人土地法(1913, 1920)」とか「the Alien Registration Law (日本の)外国人登録法(1952)」という法律が釣れた。こういうのは、突然画面に現れるとドキッとする。ぼくは日本国籍を持っているが、これはたまたま両親が日本国籍を持っていたからという以外に何の積極的な意味もない。それに日本を含めてどんな国に忠誠を誓ったこともなく、生涯誓うつもりもない。こんなことにこだわるのも、この数年オーストラリアでも政府の国家主義宣伝がますます激しくなっているからかもしれない。
数年前、まだ乳母車を離せない長男アランを連れてシドニーに出かけたことがある。当時、シドニーまで公営バスで20分ほどの郊外に住んでいた。今は30分ほどの郊外に住んでいる。で、シドニーの公営バスはかなり無愛想である。運転手もおおむね無愛想であるが、バスそのものも無愛想である。ついでに言えば州営鉄道はもっと無愛想である。
それはともかくとして、床の高い公営バスに重い子供を抱えて乗り、折り畳んだ乳母車を支え、その上に、片手で回数券を機械に差し込むという離れ業を軽々とこなせるのは千手観音くらいのものだろう。バスの運転手は手伝おうともしないで、じっと待っている。こっちもしゃくだったから、アランに回数券を持たせて、「機械に入れなさい」と言いつけたが、まだぼくの言うことが理解できる年齢でもなかった。そのうちに回数券がくちゃくちゃになってきた。
女性運転手が平然として、
「子供にやらせるのは無理ね」と言う。こっちも無理は承知である。
「それなら、どうやれちゅうねん?」
オーストラリアに来て間もなく知ったことがある。官庁だけでなく、電話、郵便、鉄道などの公社現業の職員もおおむねおおらかである。乗客を手伝わないで代わりに辛抱強く待っていたりする。親切な職員も少なくないが商品知識に欠けていて、二人の職員に同じ質問をすると二通りの答が得られることも珍しくないから油断がならない。
子供ができてから知ったことがある。シドニーというのは非常にチャイルド・アンフレンドリーな都会である。「欧米生活」などと称して、子供をベビー・シッターに預けて、夫婦二人で出かける習慣というのが美しく描かれていたりするが、裏返してみればチャイルド・アンフレンドリーだからそうしなければならないとも言える。
「こんなところに子供を連れてくるなんて非常識ねえ」という視線を感じる、という女性ジャーナリストの論説を新聞で読んだことがあるし、社会学者もイギリス伝来の反子供的社会ということを話していた。
それはともかくとして、「早くオーストラリアが福祉国家になるのを見たいもんだ」と運転手に言った。
彼女は、「もうとっくに福祉国家よ」と言った。
「へえ、おもしろい冗談やないか。子連れの乗客が利用しにくいバス走らせてどこが福祉国家や…」とまで言ったところで、
「エリアンはいらんねえ」という声が聞こえた。割合空いたバスの中ほどに座っていた老人がこちらを睨んでいる。一瞬、シーンと静かになった。
先住民族アボリジニ以外の者がこういうあけすけな人種差別発言を耳にすることは少ない。アボリジニがあけすけな差別を受けることは日常茶飯事である。白人がこういういあけすけな差別を受けることはありえない。オーストラリアでの被差別体験を話すと、知り合いの白人はたいがい「ウッソー、ホントー、ジョーダンでしょう」とびっくりする。こちらがびっくりするくらいびっくりする。「エー、あんた知らなかったの? 遅れてるー」と言いたくなる。
「どんな人やった?」と夕食時にアンマリーが聞いた。
「そうやな。人生であんまりええ目せんかったような感じやったな」
「それはそうやわ。金がある人とか、ええことがあって人生楽しいてたまらん人は他人にも鷹揚になれるもんやから」
残念ながらこれはいくぶんか当たっている。ゴールドラッシュ時代に各地で中国人鉱夫を襲撃したのは白人鉱夫たちだったし、19世紀の終わりから労働党が言い出した「白豪主義」を積極的に支持したのは労働組合や低所得労働者たちだった。今でも人種差別の最前線は、社会の変化に適応できず落魄していく白人旧階級である。金持ちはいつだってどこだってケンカなどしない。
右派の差別発言などは考えようによっては扱いやすいとも言える。始末におえないのは人権問題とか環境問題あたりの「進歩派」の人種差別意識である。オーストラリアには「エコレーシスト」とか「白人優越人権主義者」とか「人種差別的人口抑制論者」とでも呼ぶしかないような、しゃれにもならない人が結構いて、大まじめに書いたり、話したりして、それなりに拍手喝采を浴びているからこの世は退屈しない。
アボリジニ改革派のマーシャ・ラングトンという学者が「環境保護運動のターザンは都市中産階級の白人男性で、従うお供はチンパンジーではなく、素朴な原住民というわけね」と痛烈なことを言っている。
それにしても、差別がある限り、差別される側に立ってみるのも決して悪いことではないという気がする。

大阪の入国ゲートでは娘におべんちゃらを言われただけで、何の問題もなく過ぎた。家族連れのご利益である。これが一人だとけっこう疑われる。妻のアンマリーは、「あんたの格好見たら、疑わん方がおかしい」とのたまう。そういうアンマリーは、ぼくにとって市民社会秩序との最後のつながりであるらしい。
ずっと昔、ニュージーランドで底の分厚い牧場用ワークブーツを買って帰った。成田のゲートで「その靴脱いでいただけませんか?」と言われたから、「いやです」と答えたら、そのまま通されてしまった。どうせヒマだし、見つけられて困るものは持っていなかったから、小部屋に連行されて強引な取調べでも受ければそれはそれで話の種になったのだが、日本の官憲というのはぼくなどよりうわてをいくようである。「ごちゃごちゃ言うだけで無害な奴。相手にするな」と見抜かれているのかもしれない。
数年前、台湾の女性実業家がシドニー国際空港で身体検査された、という新聞記事があった。記事になったのは、身体検査されたことではなくて、その女性が、「とんでもない侮辱を受けた」と、オーストラリア入国を拒否してそのまま台湾に引き返したからだ。ぼくはその女性にいたく同情した。
アンマリーによれば、ぼくのそういう態度が、市民社会秩序との距離で、アンマリーに言わせれば、そもそも「疑われるような挙動をするのが間違い」なんだそうだ。ぼくはアンマリーに、「世間はヤクザみたいなもの。こちらがおとなしくしていればつけ上がる。こちらがでかい顔していればおとなしくなる。それが世間というもの」と常々言っているのだが、いっこうに効き目がない。
「それだから、幾つになってもホーボーのようにしか見えないのだ」とのたまう。案外アンマリーは古典的なプチブル秩序派なのかもしれない、と思うことがある。

ゲートを抜けると、久しぶりの日本の空気に触れてみる気になった。
家族をぞろぞろと引き連れて空港ビルを出ると、霞のかかったような朝の光がまばゆい。日本の風景はいつだってこのように霞がかかっていた。水気があればどんな風景だって霞む。ドミニクに、日本では何が楽しみかと聞いたら、ダースベーダーに乗りたいと言う。ダースベーダーというのは南海電鉄の空港行き特急電車のことである。アランは、ポケモン・センターが楽しみだという。アランにとって、日本はあらゆるアニメ・キャラクターのふるさとであり、それ以外には何もないことになっている。モニカは「分からん」という。保育所で「鶏と卵とどちらが先?」と聞かれて、他の子供が口々に、「卵」とか「鶏」と叫んでいる時に、「分からん」と答えたのもモニカである。
久しぶりの日本に感慨でも湧いてくるかと思ったが、どちらを見てもどこにでもあるショッピング・センター風のビルである。これならシドニー周辺にも退屈なほどの数で転がっている。
感慨は湧かないが、なんだかずいぶん遠回りしてきたんだなと思う。ひょっとすると旅の疲れのせいかもしれないし、日本を発つ前に知人がぼくに言ったことなのかもしれない。本を一冊書き、一冊を翻訳してから、シドニーの弱小新聞社に勤めるためにオーストラリアに渡るぼくに、その知人は、「(生き方が)普通の人とは逆だ」と言った。「普通の人」という言葉がぼくの心の弱みに触れたというだけのことなのだが、子供の頃、成長するにしたがって、世界が家族や友人から学校へと広がり始めた時期に、「掟により追放」されるという妄想に似た心理体験をして以来、「普通の人」という言葉に弱みを感じるのである。
その同じ時期、ロッキードのスーパー・コンステレーションという旅客機に憧れた。曲線を強調したほっそりした機体と3枚の垂直尾翼が特徴だった。写真を見るたびに、いつか乗れるようになることがあるのだろうかと考えた。当時は金持ち、芸能人か政治家ででもなければ飛行機旅行など高嶺の花という時代だった。スーパー・コンステレーションは、ぼくにも乗れるようになる前に退役し、博物館でしか見られなくなってしまった。
オーストラリアの旅行関係資料によれば、スーパー・コンステレーションが活躍していた当時、シドニーからロンドンまでの航空運賃は今の日本の物価で言えば百万円をはるかに超えるくらいの額だったらしい。当然、オーストラリアでも飛行機でイギリスに行くというのは金持ちに限られていた。なけなしの金を懐に、戦災のヨーロッパを後にした移民はスエズ運河と灼熱のインド洋を渡って来た。今では金持ちが船で旅し、貧乏人が飛行機で行く時代になった。

迎えに来ることになっている家族との待ち合わせまでに時間があったので、空港ビルの開店前の店を覗いて回った。ドミニクがショーケースのろう細工をまじまじと見つめている。
「これ、食べられるのかな?」
「プラスチックやろ」とアランが言う。ひょっとすると昨今はろう細工ではなくて、ほんとうにプラスチック製なのかも知れない。
「これ、何?」とモニカがオムライスやたこ焼きを指さす。そういえば、オーストラリアではオムライスを見たことがない。スパゲティやカレーライス、ラーメンは、子供たちの好物である。
「そのうちに一通り食べさせてやるから楽しみにしときや」
隣の店のろう細工と見比べて、ドミニクが「こちらの店の料理の方が大きい」と言う。
「だまされたらいかん。見本につられて入ったらがっかりする」
そう言うぼくも昔さんざんだまされた。あれから何十年もたったが少しも賢くならず、いまだにスーパーマーケットでだまされている。新鮮そうなイチゴのパックは下のイチゴが半分傷んでいるし、山盛りパックの鶏肉はムチムチとした脂身で上げ底になっている。
「私も見本にだまされて役立たずな男つかんでしもうた」と「最後のつながり」がのたまう。
「それは買い手の責任と違うか。初めから七掛けで値踏みしとくもんやで。それに、どんな亭主でも使い道はある」
なんとも説得力に欠ける反論ではある。

同じ飛行機で着いた人たちもすっかり散ってしまい、開いている店もまだ数えるほどしかない。空港ビルを歩き回っているのはぼくたちだけである。真新しい空港ビルの空調も自動ドアもエレベータもすべてこのくたびれ、腹を空かせ、眠けをこらえ、あほな会話を交わしているみすぼらしい家族に独占されてしまっているというのはなんとうるわしく感動的であることか。
どこかの国に、何年も空港のゲートの内側で暮らしている男がいるというのを読んだことがある。ビザがないから入国できず、理由は忘れたが送還する国もないのだという。しかも、本人にはどこか他の国に行く旅費もない。空港の洗面所で身体を洗い、食べ物や最小限の身の回りの物は、同情した空港職員や店の人たちが与えるのだそうだ。
人のない経済が国家の枠を超えて世界中を走り回り、金のない難民が何百万という数で国境を越えて世界中を漂っている。ほんの何百年か前にでき上がったばかりの民族国家が上と下から浸食されている。そんな時代に、WTOの開かれたメルボルンでは、反グローバル化派の左翼が「国際資本に対する人民の砦国家主権を守れ」と叫んでいた。「国家の廃絶」と書いたのはマルクスだからこれはずいぶんへんてこなことだ。国家なんていつだって資本の味方だったし、「人民」を名乗る国家などはもっと悪質だということは身にしみて感じたはずなのに。ことのつまりは、オーストラリアではとうとう右翼から左翼までが国家主義の看板を掲げたってことだ。
新関西国際空港ビルの真新しい床のタイルにひびが走っているのは、埋め立てて作った空港の地盤沈下のせいなのだろうか。「えーい、沈め、もっと沈め。大阪湾のヘドロの中にブクブクと沈んでしまえ」と、思わず念じている自分に気づいた。

「ここから北、大阪までに浜寺とか二色浜とか海水浴場があったけど、どうなったかな。もうほとんど埋め立てされて産業地域になってるからなあ」
アンマリーの両親の出身国オランダでも長年埋め立てを進めている。そのオランダでは町並みの家の屋根瓦や壁の色まで決められているという。ぐうたらで不まじめなぼくは、そういう途方もないまじめな努力にはいつもめまいがする。
「そうしないと町が見苦しくなるやないの」とアンマリーは言う。
「どんな風景がきれいと誰が決めるんや。誰かのビジュアルな好みを他人に押しつけるちゅうのは美観ファシズムやないけ」とぼく。
「それやから日本の町はごちゃごちゃしてるんや」とアンマリー。
「ごちゃごちゃしててどこが悪い? それにテレビで道頓堀とかアメ横風景見たことあるやろ。結局、日本人の多数がこれまでのところごちゃごちゃした人ごみが好きなんかもしれん。そのうちに変わるかもしれんし、変わらんかもしれん。それが歴史いうもんや。自分らの一時的な価値観が宇宙に通用する絶対基準やと思い込んだのがヨーロッパ人のそもそもの間違い違うかな」
国語の教科書で読んで憶えている人もいると思うが、堤に穴が開いて海水が流れ込んでくるのを見つけた少年が腕を突っ込んで水を防ぎ、友人の知らせで駆けつけた村人が、穴に腕を差し込んだまま倒れている少年を見つけて感動するという話。ぼくは感動した憶えがなく、アンマリーはその話を知らない。彼女の両親はさすがに知っていたが、あんな取り立ててどうということのない話を日本人が知っていると言うので驚いていた。ぼくはきれいに整った町並みなどに住みたくないし、まして静かでひっそりとした商店街などで買い物などしたくない。自分の家をどんな色に塗るかをとやかく言われるような町になど金輪際住みたくないし、それに、できれば穴に腕を差し込んだまま倒れるようなことにはなりたくない。
「そしたら、みんなが遊べる砂浜はないのか? 恥ずかしいことやなあ」とアンマリーが言う。
「その通りや。せやけどなあ。シドニー・ハーバーみたいに金持ちが海岸まで私有地にして邸宅やらボート小屋やらを建て、一般市民を締め出しているのと比べたらなあ、産業地域いうのはまだ経済的な公共性があるだけ我慢できるというもん違うか」とぼく。
近頃は、なぜかまじめになれないのである。

「それにしてもこの臭い。懐かしい故郷の臭いや」
「この臭い言うて。ただくさいだけやないの」と妻が言う。
「海の香りがする。それもパーム・ビーチみたいな外洋に面した潮の香のする海やなくて、重油がぬったりと浮いてそうな海。シドニーなら、バルメインからオリンピック会場になるホームブッシュベイにかけてのヘドロ色の水面やな。それにしても、この自動車の排気ガスの臭い。生ごみの饐えた臭い。おまけにべたっと張りつくような蒸し暑さ。正真正銘の大阪というとこやな」
パーム・ビーチというのはフロリダ州にある避寒地ではなく、シドニーのはるか北方にある小さな浜辺町で、住民はおおむね裕福に余生を送っている人たちや他人の汗水のおかげでうるわしい給料をもらっている人たちである。
「前に日本に来た時は東京やったけど、同じ臭いやったわ。それにシドニーはクリーンな都市に脱皮したいうこと違うか」とアンマリー。
シドニーがクリーンになったというのは、単に汚れ物をよそに押し付けたといった方が当たっている。クリーンになって喜んでいる分には別に文句をつけることもないが、それで自分が立派なことをした気になってバンコックの交通渋滞がどうのとか上海のスモッグがどうのとか東京の地価がどうのとかを自分にまったく関係ないし、行くこともないような土地をあげつらってとやかく言う多くのオーストラリア人の奇癖は、何年住んでいても慣れることができない。
「それに比べれば、汚れ物を自分とこで引き受けている大阪の方がましともいえるんちゃうか」とぼく。
うっかり子供のことを忘れていた。「おなかすいた」の声に振り返れば、3人は手すりにもたれてグネグネしている。うちの子は5分とじっとしていられない。ひなたの雪だるまみたいにすぐにグネグネになり、「おなか空いた。喉渇いた」とごねる。ごねなければ、ケンカを始める。ぼくとしては、子供たちをウィーン少年合唱団風に育てるつもりだったが、それ風の育て方を知らんから完全に野生化してしまっている。知り合いには、「のびのびしたいいお子さんたちですね」と皮肉を言われるが、例によってアンマリーはその皮肉を誉め言葉だと思い込んでいる。
のびのびしたいいお子さんたちにはウィーン少年合唱団の前時代的な優雅さなどかげろうほどもなく、どこかで憶えてくるワイセツ語を洒落のめしてギャハハと笑い転げている。
友人の中には、アイルランド系でフェミニストのマリー・マクラウドのように娘をカソリック教会の合唱団に入れている者もいる。
スコットランド系でいまだにエドワード王朝風趣味の抜けないマーガレットとロバートの場合は、3人の息子を英国教会系私立学校の合唱団に入れている。夜更かしのロバートは毎日朝7時前の電車でシドニー市内の学校まで子供を連れて行き、コーヒーを一杯飲んで自宅に帰るという生活を続けている。ぐうたらなぼくには頭の下がるような勤勉さである。
そうなると、ぼくの家では子供を呪術アニミズム系無神論派の合唱団にでも入れるしかないが、とりあえず心当たりがないので、子供たちはどんな合唱団にも入らず、野生のままにグネグネしているのである。
待ち合わせの場所に行ってみると、家族がすでに来ていた。弟の車に全員は乗れないので、ドミニクと母とぼくの3人は電車で帰り、駅に着いたら家に電話し、弟が車で迎えに来てくれるということになった。
あいにく、ドミニクが乗りたがっていたダースベーダー電車の発車までには40分近くもあり、あきらめて、ぼくたちは湊町行きの各駅停車に乗り込んだが、空港が大阪府の領土の南端近くにあり、実家が北端近くにあるということをまだよく実感していなかったのである。

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最終更新: 19-09-2005

 

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